2026年4月から始まる医師の開業規制
医師の開業規制が始まる理由

国が行う医療計画の中で、医師数の不足を解消する目的で全国に大学医学部を設置した事により、医師の数は1982年(昭和57年)の約17万人(人口10万対142人)から、およそ40年間で2023年(令和5年)の約35万人(人口10万対275人)へとおよそ倍くらいに増加してきました。
ところが、東京都をはじめとする大都市圏に医師が集中することによって、人口に対して医師の集中している地域と不足している地域が分かれてしまっているのが現状です。
こうした全国規模での地域医療計画に基づく医療機能の再構築の一環として、医師の偏在を是正する事を目的に、『医師偏在対策』として2025年12月に改正医療法が成立しました。この医療法の改正による地域医療計画は3年ごとに見直しが図られて、今年から10年後の2036年を目標にして全国で実施されて行きます。
東京都をはじめとする大都市圏における開業規制は、こうした地域医療計画の推進に伴い医療機能を適正化する事を目標としているので、単に開業を禁止すると言う事ではありませんし、個人医師の開業を法的に規制すると言うこともできません。
地方や医師の不足する地域での開業を希望する場合には、様々な優遇措置を得られる事になりますが、生活の基盤が東京近郊にある場合には、開業する為に地方に引っ越すと言う事は出来ないでしょう。現実問題としては、これまで自由に開業できてきた制度に、行政からの要請や勧告などと言った様々な制約がかかってくると言う事になります。
開業規制の内容

では、これから東京近郊での開業を考えた場合、どの様な対策が必要となるかについて説明したいと思います。
基本的には行政が策定する地域医療計画に貢献できる開業計画を持つ事が求められますので、医師が過剰と言われている東京圏内では次の様な医療機能が求められる様になります。
- 1、夜間・救急医療
- 2、在宅医療
- 3、小児科医療
- 4、周産期医療
- 5、かかりつけ医機能
- 6、難病や専門性の高い医療
1、夜間・救急医療
夜間救急医療は主に病院が担当しますので、クリニックの新規開業では対応が難しい分野ですが、病院勤務医に過重な負担が掛かって居る事に対策が必要とされています。
2、在宅医療
高齢化の進展により、通院の困難な高齢者が増加している状況と、入院ベッド数の規制により終末期までを在宅で迎える事が求められている中で、内科をはじめとする多くの診療科の参画が求められています。在宅医療は新規開業にも導入しやすい医療機能です。
3、小児科医療
少子化で、新規開業しても将来的な経営環境が厳しいと考えられている事から、小児科を専攻する医師数も減少している状況がり、小児科の新規開業が求められています。
4、周産期医療
出生数の減少と、周産期医療に伴う訴訟リスクが多くなっている事から、産婦人科を専攻する医師数も減少している状況があり、特に分娩を担える産婦人科医院や、周産期の管理ができるレディースクリニックの開業が求められています
5、かかりつけ医機能
新規開業のクリニックが『かかりつけ医』としての機能を申告する事により、地域医療に貢献する役割が大きくなる事を期待して、2023年以降に『かかりつけ医報告制度』が始まり、24時間対応・医療連携体制・在宅対応を自己申告することとしています。こうした地域住民の健康上の問題を総合的に診てくれる、1次救急や在宅医療を担うプライマリーケア医としての役割を担える、地域医療に貢献するクリニックの開業が求められています。
かかりつけ医というのは、資格や制度ではなくてあくまで機能を果たす体制を備えているかどうかという事がポイントになるので、現実に実施のハードルが高いと思われる様な、24時間対応は時間外の電話対応やオンライン診療で、在宅医療は提携する在宅診療機関などとの連携によって、体制を整えるという方針も評価の対象となります。
6、難病や専門性の高い医療
従来、入院を前提とする病院の機能としていた、難病や糖尿病や循環器系の疾患、甲状腺疾患や神経内科など、地域で不足している専門性の高い医療を提供できる開業が求められています。
この様にクリニックの新規開業を考えた場合、先ずはご自身の計画する開業によって、「これらの地域医療計画に求められる機能を実現できる体制を整えられるかどうか」と言う判断が必要となります。
特に、従来型の一般内科や皮膚科・美容皮膚科などの単科開業を計画する場合には難しい環境になりつつあるので、上記の地域医療計画に沿える様な医療機能を備えた開業計画の検討が必要となります。
開業規制による制約

基本的には、クリニックの新規開業そのものを禁止する法的な根拠はありません。ただし、行政の進める方針に沿わない形での開業を進めようとした場合には、開業の自由を規制する法律が無い事から、既存の行政権限の中で様々な制約を設ける様になるでしょう。
1、都道府県知事からの勧告を受ける事がある
従来の開業手続きとしては、クリニックの開業場所であるテナント契約をしてから、内装設計のレイアウト計画ができた段階で保健所に図面を持参して、医療法上の問題がないかどうか開業前の事前相談を行います。
個人医師の開業手続きとしては、保健所の事前相談に問題がなければ、開業してから10日以内に保健所に開設届けを出せば済みました。開業規制が始まると、医師過剰とされる地域での開業を届け出た場合には、「その地域での開業を控えてほしい」とか、「当該地域に不足している診療科目や、在宅医療などの医療機能を追加してほしい」と言う様な勧告を受ける様になります。
2、保険制度からの制約を受ける事がある
個人開業医が行うクリニックの開設届というのは、クリニックとしての内装と医療機能を持つ施設での医療行為を行う事を届け出るものです。そのため、自費による自由診療を行うクリニックの場合には、都心の一部以外にはその絶対数が少数である事から、地域医療計画に影響を及ぼす事が少ないとして、開業に対する規制をかけにくいという側面があります。
ただし、自由診療のクリニックであっても医療法の適用を受ける事から、患者さんを獲得して売上を上げるために重要な、広告や営業面での制約が強化される事などが考えられます。
一方、個人開業の大部分を占める保険医療機関の場合には、その指定を受けるための申請があり、厚生局への申請をした後に、行政による医療審議会にかけられて指定を受ける事になります。
クリニックの開設が届出制であるのに対して、こちらは保険診療を行うために健康保険制度に参加するための行政審査となります。これまでは欠格事項がなく必要な要件と書類を揃える事ができれば、ほぼ自動的に指定を受けて保険診療を開始する事ができます。ただし、今後の運用としては行政の裁量権を発揮しやすい手続きである事から、医療法や保険制度上の違反事項がないかどうかの確認や、指定の更新制なども検討される方針があるので、安定した診療活動の継続には地域医療計画の方針に沿った開業計画であるかどうかがポイントになるでしょう。
3、医師会から開業の制約を要望される事がある
地域医療計画の推進に当たっては、医師会の協力が行政の施策に大きな影響を与える事から、新規開業のクリニックには医師会の賛同が求められる事になります。
これまでは、開業前に医師会への挨拶と近隣開業医への挨拶は、医師会への入会の有無にかかわらず儀礼的に行われてきました。特に、内科・小児科・産婦人科などのクリニックは、各種の健診や予防接種など、行政から委託された事業を受託できる様に、地域の医師会への入会は必須とされてきましたので、開業場所が決まった段階で医師会への入会意向を含めた挨拶に行くのが通例でした。こうした場合、同じ診療科目で競合するクリニックが近くに開業しようとすると、「開業場所を変えてほしい」とか医師会への入会を反対する意見が出たり、入会の許可までに一定の期間を置かなければならないというルールを持つ医師会もあります。精神科・皮膚科などの様に健診事業には直接関わりの薄いクリニックの場合には、医師会との関係性も希薄なので医師会に入会を希望しないクリニックも多いです。
これからは、医師過剰とされる地域での開業を計画する場合に、医師会の意向は行政の判断への影響が大きくなるので、健診事業の受託など経営的なメリットがない場合でも、地域医療計画の中での医療連携の体制を整えられる様に医師会との調整を検討する必要があるでしょう。
開業準備段階での行政と医師会への事前調整

都市部でテナント開業を計画する場合には、通常の場合開業の1年ほど前からテナント探しに掛かります。
1、開業の12ヶ月~6ヶ月前
開業のコンセプトに合わせたテナントを探します。
2、開業場所が見つかったら
テナントの設備と施設の事前調査を行い、クリニックとしての内装工事ができるか、消防法への対応も可能かどうかという確認を行います。
テナント契約の条件調整と同時に、保健所と医師会への事前協議を行い開業が可能かどうかを確認しますが、この場合医師会との事前調整に時間がかかることが予想されます。
3、テナント契約時に注意するべきこと
良いテナントが見つかった場合、通常は入居申込書を出して、保証会社と大家さんの入居審査を経て、1ヶ月程で契約調印を求められます。
ここで注意しなければいけないことは、テナントの入居申し込みを出した時点で、新規開業に関する行政と医師会との事前調整を速やかに行なう必要があるということです。もちろんそれ以前に調整ができれば良いのですが、テナント開業の場合には開業場所が見つかるまでの間は具体的な立地が決まらないので、行政も医師会も新規開業の事前調整に入る事ができません。
それでも、行政は保健所が窓口となるため、速やかに事前調整の協議に入る事ができますが、医師会の場合には開業場所が有るエリアの医師会員で構成する部会の意見を調整する必要があります。
ところがこの医師会員の会合は月に1回程度しか開かれない為に、事前調整もその回答も相当の時間がかかる可能性が高い事を知っておかなければなりません。
開業に適したテナントを見つけることは大変難しいことなので、良いテナントを見つけた際には、開業場所を確保する為に速やかに契約まで進める必要があります。ところが、医師会の調整が済むまでテナント契約を保留したいと大家さんに申し入れても、他の人からの申し込みがあれば大家さんは早く契約して家賃を払ってくれる人を優先しますので、せっかく見つけた開業場所を失う事になります。
行政も医師会もこうした個人の事情に配慮してくれることはありませんので、テナント探しに入る段階から地域医療計画に沿える開業プランを持って、テナント契約時の行政と医師会への調整期間は、テナント契約後の1~2ヶ月程度は見込んでおきながら、開業準備全般の進行と並行して進めていく必要があります。
少なくともクリニックの内装工事に入る前にはこうした調整の方向性を固めておく必要がありますので、従来はテナント契約が完了してから開業までの期間を6ヶ月程度としていましたが、行政や医師会との調整の時間を考慮して1~2ヶ月は準備期間を追加する必要も出てくるでしょう。
今後の開業規制のタイムスケジュール

2026年~2029年の3年間
この期間は制度展開の初期段階として、地域医療計画を周知してもらうと共に、具体的な調整スタイルを作っていく段階となります。行政としては保健所の事前相談窓口を設けて、開業相談と事前調整に必要な項目や書類などの整備を図り、相談があった場合に速やかに回答や指導ができる体制を形作っていく期間となります。
現実には行政窓口となる保健所の職員さんも開業相談に来られても話を聞くだけで、どの様に指導したら良いのかという具体的な指針の通達がない状況なので、今のところは行政運用も柔軟です。
現実に2026年の1月時点では、都内の保健所の担当官に聞いても『開業の6ヶ月前には相談に来てもらう様になるのではないでしょうか。まだ具体的な指導方針の通達が来ていないのでよくわかりません。』と言った程度の回答しかありませんでした。
こうした制度を形作っていく期間の間に開業ができれば、比較的自由な開業を実現できる時期になるかと思います。医師会の事前調整も同様に強制力の少ない指導や要望に留まる可能性が高い時期です。
2030年以降
地域医療計画の中で『医師偏在対策』については、2036年を目標として成果を上げる事を目標として3年毎に施策の見直しを図る方針が提言されています。そのため、2026年~2029年迄の3年間で地域医療計画に沿う事前調整のスタイルを固めて、2030年以降には段階的に各種の具体的な施策を実施・強化していく可能性が高くなることでしょう。
医師不足地域とされているエリアでの開業は行政による支援が期待できますが、医師過剰地域に指定されている東京23区内や都市近郊では、外来だけでなく在宅医療への対応を求められたり、地域医療連携に参画できる体制や『かかりつけ医』としての機能を備える事が求められてきます。こうした行政の方針に沿う事ができない場合には、ペナルティーとして保険医療機関の指定をはじめとして様々な不利益を被る事になりそうです。
東京近郊での開業規制が、開業を検討している医師にどのような影響を及ぼすのか、クリニック過剰地域での開業方法など、新しい情報等が入りましたら随時ご紹介したいと思います。



